東海道で一番小さい宿場だった丸子には当時、茶店が数軒あり、広重はそのうちの一軒を五拾三次の丸子宿として描きました。
丸子宿は府中宿から約5.9kmほどありますが、安倍川の渡しを渡ったところから、宿入口までなら2kmほどで到着できます。
安倍川の渡し舟から上がると土手道に出て、左へ行くと川沿いに進み、漁師町の用宗に行くことができます。東海道は真っ直ぐ土手の階段を下りて、手越で少し大きい今の県道208号に合流して、南下していきます。
丸子の町に入ると、小さな川を渡りますが、江戸時代は、このあたりから丸子の宿に入るまで、東海道に植えられた松並木が出迎えてくれていました。
さらに進むと一里塚を越えて、丸子宿の東の入口、見附に到着します。ここから本陣までは、500mほどです。この本陣を過ぎたあたりに、このあたりの山々で採れる、山芋を使ったとろろ汁屋さんが、数軒店を開いていました。
ここで当時の丸子宿が分かる絵図をご覧ください。右側から松並木が続き、宿場町が始まるとあっという間に終わり丸子川を橋で渡って、また松並木が始まります。
それでもこの700mほどの間に、問屋場もあり、本陣1軒、脇本陣2軒、家の数は211軒、旅籠は24軒、人も800人ほど住んでいました。常時、馬も100頭ほどいて、小さいながらも東海道の宿場としての機能を充分果たしていました。
広重の画を詳しく見ていきましょう。
ここを旅した俳人、松尾芭蕉が「梅若菜丸子の宿のとろろ汁」と、句を残しています。それを知っていたのか、広重は「名物茶店」という副題をつけて画を描きました。
宿はずれの茶店らしく、真ん中の看板に「名ぶつとろろ汁」、右の行灯には、「御茶漬、酒さかな」左の柱には「御ちゃ漬け」の文字が読み取れます。
江戸時代、丸子周辺の山々では良質の自然薯がとれ、それを使ったとろろ汁が、旅人から大変喜ばれていました。この先にある難所「宇津ノ谷峠(うつのやとうげ)」を無事に越えるため、旅人たちはここで力がつくものを食べたかったのかもしれませんね。
店の中には、とろろ汁を食べる旅人と、お茶を飲んでいる旅人がいい表情で向かい合っていて、さらにそこに子どもを負ぶったお母さんが赤い器で、「どうぞ」といわんばかりに何かを運んできています。店の奥には、川魚を焼き干しした串がたくさん刺さっていて、赤いお盆の上にはたくさんの食器が並べられています。その左先には、食べ終えた旅人なのか、編み笠と簔を肩に掛け、もう峠の方に一人向かっています。のんびりした空気が流れている、当時の雰囲気が偲ばれますねえ。
この丸子宿の初摺りは「丸い子」になっていますが、後刷りはすべて「鞠の子」になっています。
土地の名前は、丸いの「丸子」と書いて「まりこ」と発音していたようなので、後摺り以降は手まりの鞠を書いて「鞠子」になった経緯があるようです。
隷書版は、丸子宿全体を雪の夜として描いています。いかにも山の中の宿という感じがよく出ています。
行書版は、芭蕉の詠んだ梅の頃のとろろ汁の店を描いています。店主の婆さんといい、旅人といい、みんないい表情をしていますね。
狂歌入りもとろろ汁の店を描いていますが、こちらは、後ろに石垣があるので、宿終わりのお店のようです。笠をかぶって歩く旅人以外に、ひと休みしている駕籠舁きや、とろろ汁をいただく武家の客など、様々な人々が描かれています。
実際にここに行ってきました。驚くことに廣重の画にそっくりのとろろ汁屋の店が現存しています。これがその丁子屋さんです。当時、丸子宿にはとろろ汁屋さんが数軒営業していた記録があり、実際に広重がこの丁子屋さんを描いたのかはわかっていません。
1596年から営業している丁子屋さんは、浮世絵の世界を再現するために1970年に江戸初期の古民家をわざわざ移築して、現在の場所に移ってきました。ここには広重の描いた世界が現実としてありました。五十三次の55枚の画の中で、唯一この丸子宿が、ほぼ絵のままの世界を実際に見られる場所です。目の当たりにしてみると、ちょっと声を上げてしまいます。
丁子屋さんの前から見返した東海道は現在、いかにも東海道の風情を残しています。道は少しずつくねりながら、安倍川に向かっていきます。
丁子屋さんは、昼だけの営業なので、そのとろろ汁をいただけなかったのですが、ストリートビューからの写真を探してみました。
それにしても、丁子屋さんが再現している五拾三次の画の世界に実際に出会うと、ちょっとどきどきして、得も言われぬノスタルジーに迷い込んでしまうような気がします。
GoogleMAPのストリートビューでこの先をご覧ください。東海道をオレンジ色にしてみました。山間の小さな村が、今はこんなことになっています。東海道の右側を走る道路は現在の国道1号線で、この先一号線バイパスと合流している丸子のメインストリートです。東海道は、丸子川に沿ってここから山間をくねりながら、難所「宇津ノ谷峠」に入って行きます。



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