この画はちょうど大磯宿に入ったあたりで、雨が降る家並みと海を描いています。
平塚宿から大磯宿まではわずか3km弱で、当時の旅人の脚力があれば、すぐに到着できる程度の距離でした。
花水橋を過ぎて、進んでいくと化粧坂の信号で、一号線とわかれ、右の小道を上がっていきます。小道に入ってすぐ、虎御前の化粧井戸があり、それが化粧坂の由来になっています。
化粧坂に入るときれいな松並木が続き、坂の頂上で線路をくぐっていくと大磯宿の江戸見附があり、広重は、このあたりの雨の景色を描いたようです。
東海道はその後、一号線と合流して、大磯駅前を過ぎると蒲鉾店のあたりで、大きく右にカーブし、鴫立沢の信号を通過します。この左には鴫立庵があります。さらに坂を登っていった大磯中学校のあたりで道は二股に分かれて、立派な松並木が現れます。ここは、いかにも東海道、というイメージの景色が続いています。
まずここで、広重の画を少しご覧ください。柔らかに降り注ぐ雨の情景は、どこか暗く、哀しい感じがしますが、それには曾我兄弟の逸話が関係しています。広重が、この兄弟の生い立ちを「曽我物語図会」として30枚の画で描いています。その一部と歌川派の浮世絵をご覧ください。
この物語は、伊豆の領地をめぐる、工藤祐経(くどうすけつね)と曽我兄弟の祖父の領土争いに始まります。この争いの中で、曽我兄弟の父が工藤祐経によって殺されてしまいます。その妻は幼い子供2人を連れて相模国の曽我祐信(そがすけのぶ)と再婚します。その4年後の夜、兄は9歳、弟は7歳のときに、仇の工藤祐経をいつか討とうと、かたく誓いあいます。
一方、生来の美貌と利発さを持つ、大磯の長者の娘「虎」は、17歳のときに、父の仇討ちをもくろむこの曾我兄弟の兄、二十歳の曾我十郎祐成(そがじゅうろうすけなり)と恋に落ちてしまいます。それから二年後、源頼朝が催した富士の裾野での狩りの際に兄弟は、見事父の仇である工藤祐経(くどうすけつね)を討ち取ることに成功します。しかし、十郎はその場で切り殺されてしまいました。
それを聞いた失意の虎はその後箱根で出家し、全国の寺を行脚しながら菩提を弔った後、大磯に戻り亡くなるまで兄弟を供養していました。江戸時代、この「曾我兄弟の仇討ち」は、歌舞伎や講談で世に知れ渡り、誰でもが知っている仇討ち話となっていました。
副題の「虎ヶ雨」は陰暦の5月28日、仇討ち決行の日に降る雨で、曾我十郎の愛人、虎御前が十郎祐成の死を悲しんで流す涙とされ、俳句の夏の季語にもなっています。
ここでもう一度、広重の画をご覧ください。その季語にもなった、五月雨の中を、宿境の榜示杭と高札の前を通って、大磯の宿へと辿ってゆく旅人たちは、誰も顔を見せず、どこか哀しげに大磯の宿場に入っていきます。唐傘の二人、棒を担いだ蓑笠(みのかさ)と合羽の二人、軽尻馬(からじりうま)に乗る客と、それを引く馬子までもみんな背中を丸めています。左に広がる海面を白く光らせてどこか明るさを保っているのが、さらに哀しさを演出していますね。
右の山は高麗山で、その麓に虎御前が無くなるまで兄弟の菩提を弔った庵がありました。虎御前が十郎の形見にもらった小袖と鞍をイメージさせるために、広重はわざと右下に馬を描いたようです。
隷書版は、俳句で有名な鴫立沢の西行庵から海を見る旅人と、景色を解説してくれている俳人を描いています。ここは、鴫立沢の信号から海側に下りていった場所にある俳諧道場で、西行の詠んだ歌から鴫立庵と呼ばれ、今も大磯に現存しています。京都の落柿舎、大津の無名庵と並んで、日本の三大俳諧道場と呼ばれています。
行書版は、鷹狩りから帰るの武家の家来たちが、東海道の松並木を歩いているところを描いています。海の向こうに見えているのは、伊豆半島です。
狂歌入りは、高台から大磯の家並み越しに、大磯の湊、相模湾と伊豆半島の山々を描いています。角度的には、大島は見えたとしても、伊豆半島はちょっと無理だったりもします。
北斎の五拾三次も大磯では、虎御石を描いています。この石は延台寺入口にあるもので、虎御前の成長とともに大きくなり、工藤祐経が放った矢から身代わりになって、曾我兄弟を守った石とされています。また、「よき男は持ち上がり悪しき男は上がらず」という言い伝えもあるそうです。
実際にここに行ってきました。このあたりが、大磯宿の始まりのあたりです。松並木が海風で倒れかかってはいますが、静かな住宅街となっています。今、イメージする東海道の雰囲気が、ここには残っていますね。
同じ場所をGoogleMAPのストリートビューで、上から見てみました。そこにオレンジ色の東海道を入れています。周囲は、隙間なく家がびっしりと建ち並んでいす。大磯は、奈良時代に相模の国府が置かれていました。明治以降は別荘地として人気で、大隈重信、吉田茂を始め、名だたる著名人の別荘だった場所が今も、数多く残っています。
東海道はこの先海岸に沿って、箱根駅伝のように上り下りをくり返し、小田原宿に向かいます。



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